

No.41「写真」

ペットショップの割引たぬきが好きだ。
20%引きのやつは危機感が薄く、世間知らずで、まだまだ自分は売れ線だと思い上がっている。
50%引きのこのままじゃヤバいし…？と薄々勘づきながらも、
現実逃避のジタバタをする元気が余っている様子も好きだ。
なんだかんだ言いながら、エサをもぐもぐしながら屁をこく余裕はあるらしい。
何故売れ残るのかは考えていないようだ。


やはり、80%が一番良い。
「踊れないわるいたぬきになっちゃったし…」
大きくなりすぎるとケージの中で立っていられず、体が歪んでしまうため三角座りがデフォルトの姿勢になってしまう。
極まったションボリ具合がたまらない。
ジタバタも、三角座り状態で手をゆっくり振るだけで全然できていないのでストレスがたまっていそうだった。


写真を撮るだけのためにペットショップに通っていると、
「そんなにたぬきが好きなんだし…？」
「買ってくれれば写真撮り放題だし…」
チャンスと睨んで交渉してくるたぬきもいるが、
「いや…お前ら別にかわいくないから、いいや」
「ひどいし！たぬきはかわいいんだし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「買わないなら写真撮らないでしぃぃぃ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
こう言うと決まってジタバタしだすので、
スローモーションで動画を撮ってみるとこれまたおもしろい。

たぬきのかわいさを広めたいという体で店側に話すと、
勝手に宣伝してもらう分には構わないのか、快くどうぞ！と言ってくれるのがこの店の気に入っているところだ。
なので外で写真を撮る時にたぬきを誘き寄せたり交渉するための道具やエサはここで調達させてもらう事にしていた。


今日はどんな写真を撮ろうかな…ペロペロキャンディを見せてケースに必死で顔を押しつける2割引たぬきでも撮ろうかな…と考えていると。
ショーケースの前に、首輪をつけたたぬきがうつむき加減でトボトボと歩いてきた。
まだちびから成長し始めたぐらいだろうか。
ケースの中の5割引たぬきが気づいて声を上げた。
「お前…こないだ買われたやつし…！」
「どうしたし…？やっぱり気に入られなくて返品かし…？ﾌﾟｸｸｯ」
2割引たぬきの語尾が上がってきている。コイツ性格悪っ。
8割引たぬきは興味がないのか、ずっと三角座りのまま床を見つめている。そんなんだから売れないんだぞ。いいションボリ具合だったので写真を撮っておいた。


「ごしゅじんがみんなに挨拶してこいって言ったし…」
いい趣味してんなご主人…。
その場にいた全員がドン引きする。
「たぬきはやだって言ったし…でも行かないとごはん抜きだし…それもやだし…」
そりゃ二度と戻ってきたくないよな。
やっと抜け出せた場所だし。
仲間はみんな性格悪いし。
「よし。みんなで記念撮影だな」
「えっ勘弁してし…」
「何の記念だし…」
「もうやだし…」
首輪たぬきを中心にして、ケースの前で一緒に写真を撮ってやる。
スマホの画面を見せてやると、
絶対に超えられない壁を形にされたことで、ケースの売れないたぬき達は写真の中の表情よりも青ざめ、ションボリしていった。
いい顔だ。その顔も残しておこう。シャッターボタンを押す指がしばらく止まらなかった。


＊  ＊  ＊


「すごいものを拾っちゃったし…」
野良たぬきは興奮を抑えきれない様子で、揚々と道路を歩いていた。
その手に持った物が、その高揚の源だった。
赤い蓋に、透明な容器。
その中に入った不思議な食べ物？飲み物？を舐めてみた瞬間、野良たぬきには電撃が走った。
マヨネーズっていうらしいし。
腐りかけた野菜、バッタすらも。
「どんなものも美味しく頂けちゃいますし…！」
つらい野良生活を一変させる、素晴らしい逸品だとたぬきは感激に溺れた。


「ちうちうし…これだけでも美味しいし…」
食べるものが見つからない時は、中身を少しずつ吸って過ごしていた野良たぬきは。
「もはやこれだけでいいし…」
すっかり、マヨネーズ中毒になっていた。
しかし中身のあるものは、吸い尽くせばそれまでだ。
口寂しくて吸い続けた結果、ついに容器の中のマヨネーズを吸い尽くしてしまった。
マヨラーたぬきは、中身を残して捨てられているマヨネーズの容器を求めてゴミ捨て場を転々とさまよった。
「マヨ…欲しいし…」
しかしなかなか、探し物は見つからなかった。


「らっしゃいまし〜…らっしゃいらっしゃいま〜し〜…」
野良たぬきは公園の中の、人の来ない区画にあるたぬきマーケットへ向かった。
人間達の真似をして、お店のようなモノを開いている野良たぬき達のいる場所だ。
金銭ではなく勲章と交換だがレートなどは適当なので、
風船…勲章2こ
ちびの服…勲章1こ
といったものが並べられた商品群の中に、マヨネーズがありマヨラーたぬきは思わずぴょんと飛び跳ねた。大して飛んでいない。


まだ半分以上も残ってるし…！
勲章1こ…！どうやら店たぬきはあの価値をわかっていないし。
でもあいにく、今は手元に勲章がないし。
どうにかして、手に入れられないものだろうかし？
たぬきはしばし思案した。


今自分が持っているものと言えば。

どんぐり。
何かの葉っぱ。
ペットボトルの蓋。
から揚げ棒の棒部分。

交渉に使おうにも、武器にしようにも頼りないものばかり。
あとはーーーごそごそと、懐にしまっていたぼろぼろの紙切れを取り出す。
笑顔で映る人間に、とびきりのションボリ顔をキメる自分が抱かれている。
やさしかった飼い主との写真…。
今でもつらいことがあれば、その度に取り出して回想に入るきっかけとしている。
あの日々の思い出が、たぬきの心をちょっぴり慰めてくれていた。

うどんを作ってくれた。
アイスをあーんしてくれた。
髪を梳かしてくれた。
ダンスを褒めてくれた…。

ある日、飼い主が取っておいたお菓子の盗み食いと、うんちを漏らしたパンツを飼い主の洋服箪笥に丸めて仕舞っていたことが同時にバレて追い出されてからはもう会っていない。
弁明もうどんダンスもする暇がなかったので、機会があればきちんと訳を話してわかってもらうつもりだ。
あのお菓子が腐っていて飼い主のお腹を守るために食べたこと、お菓子のせいでむしろたぬきがお腹を壊してしまったこと。
クッキーなので簡単には腐らないのだが、頭たぬきなので完璧な説明だと信じきっている。

その時が来るまではこの写真が自分の出自を証明するものだ。
ちなみに飼い主はもう引っ越してしまっていて、前の家には知らない人が住んでいるのでその機会は永遠に来ない。

この写真を心の支えにして、元飼いのマヨラーたぬきは卑しくも今日まで生き延びてきた。
これを失うという事は、これからはつらい事がある度みじめにジタバタしなければならないだろう。
でも、背に腹は変えられない。
意を決して、たぬきは店たぬきの前に立ち大切な写真を差し出した。
「たぬきのとっておきだし…これならそのマヨネーズと交換できるはずだし…！」
店たぬきはぽかんと口を開けていたが、すぐにへの字に結び直して答えた。
「それ何し？いらんし…うちの商品はぜんぶ、勲章と交換だし…」
「で、でもこれわたしには勲章より価値があるし…！」
「しらんし…お前の価値観押し付けるなし…勲章ないならかえれし…」


しつこいマヨラーたぬきは客ではないと判断した店たぬきに無情にも突き飛ばされ、その拍子に写真が手から滑り落ちてしまう。
ひらりと舞い落ちたのも束の間、突然舞い起こった風に飛ばされてしまった。
「あっ…あっ、やだし、待って…待ってし！」
自ら手放そうとした写真を追いかけようとするが、
「やだし…飛んでいっちゃやだし…！」
風に乗って、マヨラーたぬきの手の届かない場所へと舞い上がっていく。
泣きながら、への字をギュッと強めて顔を真っ赤にして追いかけたけれども。
たぬきの必死さとは裏腹に、大切な写真は2度とその手に戻ることはなかった。


「かえしてし…かえしてし…！」
写真が飛ばされる様を呆然と見送ったマヨラーたぬきは我に帰り、宝物が失われた責任の所在を求めて店たぬきに詰め寄るが、
「知らんし…誰か…誰かきてし…コイツ、おかしいし…」
なんだしなんだし、と野次馬の他ぬき達が集まってきて注目に耐えられず、マヨラーたぬきは店から離れていった。

「写真…マヨ…なんにもなくなったし…」
欲をかいた結果、何も手に入れられないどころかマイナスに陥って、マヨラーたぬきは途方に暮れた。


＊  ＊  ＊


「いやーん…し」
たぬきが片足を上げて、視線を誘導するようにくねらせる。
「ヴッフ〜ん…」
チラチラとスカートの端を摘み、パンツを見せてくる。
全てではなく、あくまでほんの少し。
たぬきなりの美学に基づいているらしかった。
純粋に気色悪い。
そしてそれを有効だと思っている魂胆が腹立たしい。
どこで覚えたんだコイツは。
通りかかった人間は日曜の昼下がりに気分を下げられた事にひどく苛立った。


「もっと見てしぃ…♪」
そんなに見られるのが好きなら、アクリル製の四角い透明ケースに入れて駅前に置いてやる。
たぬきの背では天面には届かないし、蓋を完全に固定しておいたので自力では出られない。
誰かが通報して保健所に連れて行かれるまでの命だろうが、
こういう時は案外と“誰かが知らせているだろう”と長く保ったりするものだ。

最初はノリノリで箱の中から外に向かって性懲りも無く足を上げたり下げたり、スカートを摘んだりしていた。
かつてないほど大勢のギャラリーに興奮し、フンフンと鼻息を鳴らしていたのだが。
人の目が増え始めると流石の頭たぬきもおかしさに気がついたらしかった。
好奇の目に晒され、笑われながら写真を撮られる。
「なんだこいつ、うける」
「こういうの、どこで覚えてくるんだろうね」
「えー？その辺に落ちてるエロ本とか？」
「頭たぬきに理解できないしょ」
「どっちにしろキモいわ」
だんだんと、馬鹿にされているのだと自覚する。
たぬきは恐怖とも怒りともつかない感情でぶるぶると震えだした。
「なんだし…たぬきの何がおかしいんだし…きもいってなんだし…」
あくまで、自分はかわいくない他ぬきと違うアピールのためだったのに。


「こんなふうに見られたかったわけじゃないし…」
女の子なんだから、準備だって必要なんだし。
一日中、いつでも見られたいわけじゃないし。
見せ物にされるなんて、聞いてなかったし。
「やだし、やだし…やめてし…」
頭を抱えてうずくまり、丸まって身を守る体勢を作り出す。
それでも、たぬきを嘲笑う声やシャッター音が消えることは無い。
寒さのせいで不意に尿意と便意が同時に襲ってきても、周りから人がいなくなる事はない。
パンツを少しだけずらし、しっぽでお尻を隠しながらも、透明なアクリルケースの端で黄色い水溜まりを作り、茶色い固形物を盛るしかなかった。
「やばー、たぬきって人間と同じようにするんだねー」
「ったねぇな…」
「み、見ないでし…やめてし…！」
あんなに注目されたがっていたのに、最早たぬきは見られる事に恐怖を覚え始めていた。
人間の真似をして、色気を振りまくたぬきが透明なケースに入れられているという情報が広まるのは、この世の中では難しい事ではなかった。
もちろん扇情的な意味ではなく、笑いものになるという意味での注目だった。
「おーいたぬき。足上げてみろよ」
「もっと過激なことやってよー」
「や、やだし…今日はもうおしまいなんですし…！」
たぬきは嫌がりながらも、しっぽをお腹で押さえ込み頭を抱えたまま律儀に応える。
「なんだ。つまんねえの」
「ね、もう行こうよ。あっちにもっと可愛いたぬきがいたよ」
「たぬき自体がもういいっつの」
「えー？可愛いじゃん。絶対飼いたくないケド」
可愛いという言葉に反応して耳がぴんと立つが、“絶対飼いたくない”という言葉にすぐさまションボリと伏せられる。
頭を抱えてうずくまるばかりのケースインたぬきより、駅前の広場でヘトヘトになってもうどんダンスを踊り続けるたぬきの方がギャラリー受けは良かった。
それもまた、踊り続けられる体力が残っているか、誰かに通報されて連れて行かれるかまでの時間に限った話ではあったが。
それでも他ぬきと比較された結果、見捨てられていくのは、たぬきの心に深い傷を残していく。
ケースインたぬきの心は、もう限界寸前だった。
やがてだれも興味をなくし、ケースの周りから面白半分で見る者がいなくなっても、ケースインたぬきは頭を抱えたまま、ずっと震えて丸くなり続けた。
「やだし…見ないでほしいし…」
翌朝。
駅前から、アクリルケースがたぬきごと消失していた。
何者が持ち去ったのか、職員が回収したのか。
誰も興味を持たず、誰も知らなかった。


＊ ＊ ＊


カメラを持った人間が、うろついていた。
その手に持った機械がどういうものなのか何となく理解している野良たぬきが我が子を抱え上げ、撮るようにアピールする。
あわよくば、ちび撮らせてあげるからごはんをくださいしとでも言うつもりらしかった。

おや…君はちび達と一緒なのかい。
抱っこしてもいいんだ？
なるほど、かわいいね。
じゃあ、あっち行こうか。
とってもいい写真が撮れそうだからね。
もちろん、君達にも後で写真を渡すよ…。

ｷｭｳｷｭｳ♪とはしゃぐ野良たぬき達を先に行かせて、人間が路地裏に入っていく。
その後ろポケットには、無理やり歯を抜かれて血だらけで泣き叫ぶたぬき親子の写真数枚と、血のこびりついたペンチが入っていた。



オワリ